日向神話回答

   @ 延岡はいつの時代から延岡と呼ばれたのか   1656 初代城山の鐘にある延岡

   ア、古代から   イ、安土桃山時代から    ウ、江戸時代から    エ、明治以後

   A 延岡藩の名が付く前の延岡藩の名前は  縣藩

   ア、ひむか藩   イ、あがた藩    ウ、ほおり藩    エ、ちくし藩

   Bこの漢字「祝子」の振り仮名で正しいのは  ほおり

   ア、いわいこ  イ、しゅくこ   ウ、ほおり    エ、ほいこ

   C この漢字「可愛」の振り仮名で正しいのは  可愛ノ岳をえのたけと呼びます

   ア、かあい    イ、え      ウ、かい    エ、あわい

   D 城山に1603年城が完成しました。当時の城の名前は  高橋氏が造られた縣城です。

   ア、内藤城    イ、亀井城   ウ、縣城   エ、延岡城

   E 高橋氏が城造営の為、愛宕神社を移築した後に愛宕山と呼ばれるようになりました。

     では移築される前の名前は    笠沙山です。

   ア、稲荷山    イ、春日山   ウ、極天山  エ、笠沙山

   F延岡の城主は5家変わりました。では延岡藩の城主では無い城主家は  高橋家は縣藩

   ア、高橋家   イ、有馬家   ウ、三浦家  エ、牧野家  オ、内藤家

   G天孫降臨の地は高千穂です。天孫終焉の地『天孫が眠る地、陵墓ある地』は何処でしょう。

   ア、高千穂   イ、西都   ウ、都濃  エ、日南  オ、延岡     延岡市北川町です

   H出逢いの聖地の意味で正解なのは   この頃から待つのは女性だったのでしょうか

   ア、トヨタマヒメが山幸彦を待ち、出逢って結婚

   イ、天孫ニニギがコノハナサクヤ姫を待ち、出逢って結婚

   ウ、山幸彦がタマヨリ姫を待ち、出逢って結婚

   エ、コノハナサクヤ姫が天孫ニニギを待ち、出逢って結婚

   I火遠理尊について(   )の中を埋めましょう。

     火遠理尊は( ホオリ  )の尊と読み、日向二代様の事で、別名山幸彦と呼ばれ

     神吾田津姫(かみあたつひめ)別名( コノハナサクヤ )姫の子供で延岡で生まれました。

     子供がウガヤフキアエズの尊でその子は神武天皇で、美々津より東征しました。

  さて何点取れましたでしょうか。 延岡は神話でも日本一になるべき可能性を秘めています元に戻る