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「我々は 治す」を合言葉に、丸井庵と言う灸治療のグループを結成
しました。「治す」目的で集まった、灸治療家の梁山泊的集団です。
「治せないのなら金を取るな、治せなくて金を取るのは、詐欺行為だ
灸師は詐欺師であってはならない」が口癖になってしまいました。
私は患者さんや仲間達に話します。患者さんも、治療師も治癒の時
間を待つことがある。「その内に、どうにかなるだろう」と、「若い頃、喧
嘩や転倒で打撲や捻挫等の怪我を頻繁にした、数日経つと痛みも軽
減し又働けるようになった経験がある」
そう言う自然治癒した経験から、「また良くなるだろう、その内に治る
だろう」と時間を待ちます。治療を行う者達も「痛みを止めて待つと」
「やがて時間が経てば」どうにかなるだろうと安易な治療を行います。
それが・・いつ迄待っても・・・治らない。
二ヶ月・・三ヶ月・・やがて慢性神経痛、変形性関節炎になる。慢性
症にした後、「あそこの病院が良いよ、あそこの治療師が良い」と、あち
らこちらと渡り歩く。「慢性だから・・治らないよ」と、次第に自分心を諦
めで満たしてしまい。「どんな治療をしても、結果は同じだよ」「俺も努
力はしたよ、病院も幾つも回ったよ」とそんな患者さん達が治療を受け
に集まって来る。慢性でない患者さんなんて、一日一人も来ない。
二十年の治療生活で来られる、急性症は、ギックリ腰と扁桃腺ぐらい。
治療師は「時間を待ってはならない」たとえ慢性になっても「時間を
待ってはならない」確かに、病気は身体が治す、自然治癒力が治します。
治療師が治すなどと言う、思い上がりを持っては駄目だが、治療師の
価値は「治して、なんぼである」。
「治さなきゃ、只の詐欺師だ」
治す為には、なぜ治るのか、どう言う理由で、痛みが発生し、どうした
結果慢性化したのか、なぜ動かないか・・・なぜ、どうして、どうしてと、
解剖学、生理学、病理学をそして東洋医学を駆使し、治せる方法、
治る理由をハッキリさせなくてはならない。
そして、一番大切な事は技術である、お灸師は指先で病気の巣を
感知しなければならない、指先の感覚で病気の重さを感じなければ
ならない。触れる感覚の中で総て症状や状態を感知する能力を養わ
なければならない。その上でこそ、「一緒に治しましょうね」と言えるの
です。
治療師が治療結果に対する情熱と責任を失うと、治療行為自体が
「只の苦しみ」。
治す目的と責任を押し付けられるから、「楽しいのだ」、治すと言う
目標に挑戦し続けられる、治療師は人生最上の喜びであり、幸せで
ある。
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