2001.06.9
自分が神、自分の神

ある先生を見ていました。
世俗的な欲望を感じない素晴らしい先生です。
どうして、こんなにも清清しい人間になれるのだろう。

その時「自分と云う神に出遭う、そして信じる」と思いました。
なぜか理由のつかないまま、妙に納得しました。
そして、その後の話です。

神経疲労により慢性的な心臓神経症的症状が続いていました。
数日後、JRに三時間揺られただけで気分が優れずダウン。
駅からホテル迄、一キロ歩いてダウン。
夕飯食べてダウン、発作が続く。
自分で神経症だと判っている、だから、旅に出たのです。
でも、現実は甘くなく、発作的に動機と悪心が襲ってきます。
その時に「お前は、何人の人を助けたのか」
「お前は嘘か、しっかりせよ」「お前と云う、お前の神は」
意識の中に聞こえ、繰り返されて行きます。

自律神経症状は、無い病気の症状まで創ります。
そして、自分が取り込まれ騙されます。
そして抜けられないループの中もがき苦しみます。
あげくには、「死」を待ち望みます。
そんな時、そんな人を助けてきたのは。
今までしてきた事は、お前のこの世での役目は。
その瞬間、私は脱却・脱出できた。

自律神経失調と言われ、同じ想い、同じ苦しみの中で
もがき、苦しんでいたら、頼りにしてみませんか。
完全な解決は無理でも「藁よりは充てに」なりましょう。
不安な心を超えるきっかけ〔力〕を差し上げます。

私はその力〔フォース〕使う事が生まれた理由。
自律神経失調症の神経に作用する力を戴いております。
理由も説明もいらないと想う、逢うと解かるよ。

「待っているから」「会いにおいで」。

 

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ありがたいの反語

「幸せは、幸せと感じる心に、感じるよ
幸せを感じない、心を持つ者に、幸せは来ないよ」
師匠の言葉です。

幸せは心で感じるもの、
心が麻痺すると、幸せが麻痺する。
心が麻痺した時
幸せが麻痺する
その時に「あたり前」の病気が流行する。

「あたり前」と思う、心の悲しき症状。
早起きしたお母さん、「あたり前」
心配するお母さん、「あたり前」
食事の準備、「あたり前」
掃除洗濯、小遣い仕送り「あたり前」

心が「あたり前」で動かない。
元気で出かけた息子、「あたり前」
無事に帰って来た娘、「あたり前」
病気し疲れた、「あたり前」
一緒の生活、「あたり前」
長距離電話も、「あたり前」

「あたり前」で無くなる日、待っている。
「あたり前」の事など何一つ無いのに、

「あたり前」は心の病、ありがとうとオモエナイ心の病。

今、この瞬間を、戴く、戴ける。
幸せ・・・・・
感じられる幸せ、そう幸せ・・・・・そうなのです。

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我利我利亡者〔二〕

我利とは、私の利益や権利
亡者とは、死後に仏にならなかった者。
死んだら仏様になると言いますが、
時々、仏にならずさ迷い続ける、その人が亡者です。
金の亡者とは、お金に集めに懸命になり、
お金は集めたのですが、使う前に死んでしまった人。
非常に残念でしょう、子供や親戚が使ってしまうのですから
「ばけて、さ迷い続けたいでしょう」

私の権利は周囲の権利を侵します。
だから、調和を考えなければ成らないのです。
でも人は他人の立場に立つ練習をしていません。
知らない間に、知らない内に、周りにご迷惑。
自と他との調和を取らないと、
周囲から、排除されたり、無視されたり、
いじめでは無い「排除」に出逢う事になります。

学校は、自由に移動できない環境、クラスにいます。
社会は、どこへでも行けます、友人や友達も選べます。
でも、どこに行っても、親しい友達をつくっても、
直ぐに縁が切れる、一人ぼっちになる、
そんな人がいます。
気が付いていないのです。
わかっていないのです。
自由わがままに育てられた事が普通、
意識の無いままに周囲の権利を侵している。
周囲の人の顔が見えない。
どんなに苦りきった心の顔をしているのか、
どれほど、気付きを願い祈っているのかを。

我利我利亡者程、
本人は、周囲を大切にしていると思っています。
だから、気が付かない、だから、亡者と呼ぶ。
だから、ご神仏に祈るのです 〔気が付くように、罰あてて・・・〕

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