2001.06.7

新生血管

なぜ、お灸をするのか。
なぜ、お灸は効果があるのか。
火傷をするだけではないのか。

白血球が増えるから。
新陳代謝が良くなるから。
血めぐりが良くなるから。
熱刺激による効果。
喰菌力が増えるから。
昔から効果がある事は解かっていたから。
色んな、答え方をして二十年も治療を続けてきました。

さて、お灸はどうして効果が出るのでしょうか。
確かに、変形性の膝関節炎、肩関節炎、五十肩、腫れ物、中耳炎
扁桃腺炎、気管支喘息、自律神経失調、慢性肝炎、諦めていた病気ばかり
治したと言うより、治って頂いたと言うべきでしょう。
お灸に助けて戴いた、治療師です。

永い日月、灸とのご縁の中で確かに感じる事があります。
それは、お灸は新たに血管を造ると言う事です。
ひどい関節炎が治るには、血管が出来る外に道が無いのです。
慢性肝炎は、新たな血管と肝細胞の両方が出来ないと助からないのです。

火傷をすると身体は皮下に新生血管を作ります。
それは小さな小さな毛細血管です。
放って置くと三日で消失してしまいます。
しかし毎日毎日、お灸し血管を使い続け、三ヶ月も経つと
立派な血管となって、バイバス作用を起すのです。

血管が出来ると、もう再発する事は無いのです。
その事を何度も何度も体験したから、続けて下さいと
本気で続けて見て下さいとお願いするのです。

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脚光を浴びない名人

 

最初にお断りをして置きます、
この章は鍼灸や指圧、按摩を業としている皆様へ生意気にも換言です。
共に成長繁栄の真意を受け取ってください。

東洋医学特に鍼灸や指圧、按摩、推拿、マッサージ等手技術に関して
もう少し名人が出てきても良いのではと考えております。

鍼灸や指圧治療で、薬品や痛み止めを使わずに、歯痛、頭痛、後頭神経痛、
三叉神経痛や坐骨神経痛また捻挫痛を瞬間に止める事ができるからです。

全部では無いにしても、腕の良い鍼灸師なら症例中七十%は可能でしょう。
その能力がありながら、どうして脚光を浴びないのか。

時代遅れになった部分と焦って先端部分に行過ぎるものがあるのではと考えております。
時代遅れになった部分は、業態の古さです。
看板が暗くて小さくて目立たない、治療室は衛生的に感じられない、
説明書類等は用意がしていない。治療時間においては一般病院の閉店後で行う
〔患者さんの利便の為であるならよし〕

初めから仕事として取り組む姿勢に問題があるように感じられます。
逆に先端部分に行き過ぎた業者とは、本来の鍼灸の技術を放り出し、いかにも新しい
電気的刺激やお灸に関しても灸痕の付かない間接灸を主体としているので、
実際に肌触りは良いが、効果が出ないジレンマを起していると思います。

医師を良く見習う必要があると思います。
すべき事は、患者が嫌っていても、良く説明の上納得して戴き治療効果中心に、しっかり
対応すべき事と考えます。
勿論その為には多くを学び、説明できる話し方や人としての教養も備える必要があります。

本気で仕事を行うと簡略化してしまった多くの事を思い出すでしょう。
治療師を名乗るなら、名人と呼ばれる努力は惜しまないようにすべきですが、
名人と呼ばれ自惚れる事の無い為に、しっかりと己を見つめる、

心の目を、「名人と呼ばれ迷人と意識する」程度の意識は持ちましょう。

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名人出現の可能性

別項にも書きました。なぜ鍼の名人やお灸の名人が現れないのか。
ある人によると、地域性によると言います。
他人が脚光を浴びると、ねたむ人の多い地域では、偉人や有名人は出て来ない。
宮崎県北部地域は、特殊な地域で「足を引っ張る」と言います。

他人が出世すると影に回って、何かにと悪い噂を立て、いかにも自分以外の人が
噂を流しているようにする人の事です。
私は一時期鹿児島市で過ごしました。この街も特別な処です、良い事や人の役に
立つ事に対しては、皆が一生懸命に協力をして呉れる処です。でも期待を裏切ると、
直接に攻撃を堂々と行ってきます。

その事を「受けた恩は三倍にして返せ」と言う言葉です、良いも悪いも三倍にして
返す意味なのでしょう。
どちらが正しいのか、解りませんが、地域に住み地域住民との調和を図りながら
仕事を通して社会還元を行っていくとしたら、どちらでも同じ事と考えます。

人を幸せにできる人が取りも直さず、名人になるべき器を持った人なのです。
社会や環境や条件ではありません。
治療師のたゆまぬ努力と、温厚な深い愛情こそが地域の信頼と希望とを背負える
人になれるのでしょう。

決して有名人は楽な役目では無い、逆に厳しくキツイ役目ではないでしょうか。

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