技術レベル 2001.06.6
新人のマッサージ師の教育を行う時の事です。
この病気は、原因がここにあって
この部分がこのように変化したものと説明し、
治療方法を選び、実際に治療を行いながら
手を取り多くの事について理解をして頂きましたが
さて治す事ができるでしょうか。
この歌の旋律はこうですよ。
ここで息継ぎを、ここは強く、ここはやさしく、
哀愁を込めて歌うのですよ
わかりました。
さて、歌う事ができるでしょうか。
人の心を揺する、歌になるのでしょうか。
なにも知らなくても、歌える人が居るように、
知る事や判る事や理解する事よりも大切事があります。
それは「できる事」なのです。
よく「知っているよ」「わかっている」と答えます。
でも「何も行っていないし、出来ないのです」
鍼一本を、確実に病巣に運ぶ事は難しい事です。
指圧やマッサージで五十肩の治療点に確実に指が当る。
最低でも三年の修練が必要になるのです。
科学は、学問や理論を進めて行く学問です。
しかし現実は、技術レベルを要求します。
それが、指がきちっと病巣もしくはツボを捕らえる事なのです。
それをできる人を技術者「師」と呼ぶのです。
マッサージ師や指圧師は、単純な作業です。
誰でも行えると思われるほどのものですが
三年間も専門学校にて修行しなければなりません。
それから三年程の実習経験を経てやっと一人前です。
どんな事でも、本物になる。
しっかりと要求に答えられる「師」になる。
本ものの、たゆまぬ努力が必要なのです。
「できる人」「できた人」
「あの人はできた人だ」「あの人はできる人だ」世間は話しをします。
いい話しや立派な話しは、誰でもできます。
しかし実際に行動にはできないのです。
お話しの中では、できているつもりなのです。
つもりで、いつのまにか、自分を過大に評価して、自惚れる。
自惚れているから、本当の自分が見えなくなる。
これではイケナイと気が付くと、この程度ではと考える。
それではと練習を積みつづける時が「本もの」
続けられるその時が「できている」
これで完成、これで出来た、そう、その時、終わったのです。
完成したら終わり。
一切成長する事も、進歩する事も無い終息です。
だから、息が切れるその時まで、完成が無いのです。
その意味で、日光東照宮に逆さ柱を建て、未だ完成せずと
人もそうありたいものです。
短小・軽薄と言われる時代です、何かと早期完成を目指します。
しかし、人はいつまでも未完成で完成に向かい続けるがいい、
完成できないから、
練習と研鑚をさせて頂ける。
いつまでも、どこまでも、お相手をして下さる。
お客様と言う名の協力者がありがたいのです。
そう言う人々のおかげ様で、治療師のマネ程をさせて戴けるのです。
私を育てて下さったお客様、あなたが「できる」人なのです。