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もぐさ商人より、昭和十一年四月十八日発行された伊吹艾
と亀屋左京と題する本を戴きました。
お灸治療は、色々と諸本が発行されていますが、お灸に使
う艾に付いての本は少ないようです。しかしお灸をする上で
一番大切なものは艾です。艾の質の悪いものや隔絶灸用の
艾を間違って使用すると火傷を生じるし、水泡の大きいもの
生じさせてしまう事になり、とても治療にはなりません。
伊吹艾のご本の中には、法然聖人や後白河法皇の灸治の
日記や日蓮聖人の「開日鈔」が紹介されており、特に日蓮聖
人の「子供ニ灸治ヲ加レバ必ズ父母ヲアダム、又一子ノ重病ヲ灸セザルベキヤ」との言葉の意味には、心胆を震える想いが感じられました。
後白河法皇の日記「玉葉」には「此日吉日ニ依テ「宮」御灸
治ヲ加ヘ給フ、御腹痛云々」と詳しく昔の事例を記載されて
おります。
中でも、亀屋左京氏の名園蔵六亭で休憩をされた、諸大
名の掲示札の記載を見て驚きました。。
歴史上の有名人が数多く、抜書での一部を紹介しますと、
天保申年二月 金地院、四月藝州家中、五月薩州家中、
同 片桐石見守様、九月 御目付、酉四月 小笠原大膳太
夫様 五月 織田大和守様、同 土佐家老、同 柴田織部様
八月 伊達但馬様、同北條遠江守様、戌四月 本願寺、
九月 身延山上人、亥五月 毛利伊勢守様、八月 板倉伊豫守様、同 伊達遠江守様等々、
恐らく全ての大名が一度は立ち寄ったと考えるに足る資料で
す。
亀屋左京氏に付いては、江戸吉原で散財し芸者衆を通し
て「伊吹さしもぐさ」の歌を歌わせて宣伝し、伊吹の艾を広めた、豪商で色々な逸話が残る人であります。
此の資料等からも推測出来るように、灸治療は今から五百
年ほど前には、日本の中枢を担う人達が健康維持の為に盛
んに行われていた事実を物語っておりますし、この方々はあ
らゆる面において、確かな知恵や情報を持ち合わせて居た
人々です、
その人々がこぞって、お灸治療をされたと言うことは、当時も
お灸の治癒効果は、かなりの高いレベルであったと考えるべ
きです。
当時江戸市内で艾の売り子が連呼した掛け声は「エー 名
物伊吹艾で 御在い、此の艾で 灸治すれば、病の神はに
げて仕舞、万病必ず全快は、請け合いです、エー名物伊吹
艾」
藤河内渓谷山の道
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