| 小さな不思議から 宮崎県 延岡市 鍼灸院 |
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古法灸療法は小さな不思議から 初めは小さな事です、露の一滴が次第に大河となる。私の治療は1970年頃に、治療室は1980年に設けました。 扁桃腺のお灸は「ある寺のお婆ちゃんのお灸です、お大師さんのお灸」と聞いた。 五十肩の灸治療は、私がまだ鍼灸学生頃の事です。五十肩は炎症性の疾患だから「鍼は軽く、効かなくて良いから、刺激を感じない治療にして、十日間に一回程で半年程待つと炎症が消えるからでき得るだけ引き伸ばす治療するように」と指導教授の話です。 鍼もマッサージも運動も炎症を強くするので軽く行うか、止めるようにと指導を受けた。消炎のエキスパートである、お灸治療の話しは誰もしなかった。五十歳を少し越えた女の患者さん連続する痛みの為、一週間一睡もする事が出来ないとの訴えです。誰も手を出さなかった。病院も数軒掛け持ちで通院をしていた。痛みが止まらないので、指導教授にお灸治療の了解を取ったが、耳を貸しては頂けなかった 長崎の友から電話があり「母が肝臓癌で手術が出来ない、もう少し肝臓の状態が良かったら手術できると言う」肝臓のお灸治療で有名だった、熊本人吉のお灸所を紹介した。三ヵ月後肝臓の状態が良くなったと、お礼の連絡が入った。 腰痛から坐骨神経を発症、仕事が出来なくなり退職。奥さんが働きに出かけた。ご主人は子守をしながらの治療になった。毎日お灸をした、痛みの為四`の道程の連続運転が出来なかった。途中に裁判所があるそこで車を止めては体操をした。 神経痛は出なかった。半年後、胸まで泥に浸かり護岸工事をした。その時も神経痛は出なかった。その後二十年間元気で働いている腰も伸びた。激しい痛みで治り難い根性神経痛だった。母親の出身地の人達が話を聞いて来る。お母さんの御礼だと私は感じ、心から嬉しかった。 近所で占いをするお婆さんから聞いた「十年前から臭いがしない、お宅で治ると神託があった」と患者さん。治ると思い込んで治療に来た。困った、治療経験が全く無かった。責任は神様が取るのだからと、蓄膿症の治療点を応用した。翌朝「先生、治った」「嘘だろう」自分も疑った、でもそれから三名の臭覚異常が治った。少ない経験だが今現在は治癒率百lである、でも自信は無い。 遠い所から通う人がいる、横浜や名古屋、大阪等である。口コミである。通うのが大変だと思う。陸の孤島と呼ばれる延岡まで来る「いや近いです、空港から一時間ですから」どんな計算やら、「大都会にはまだ名人がいるでしょう」「いや、知らないから、此処が良いのです」ある御婦人です。 婦人科に慢性化膿性炎症を抱えていました。闘病期間が長い為に抗生物質はすべて耐性となり、効く抗生物質が無くなりました。数回の来院末にやっと相談〔我々は内診しない、でも恥ずかしかったのだろう〕身体の毒を排泄するツボを取穴した、半年で完全治癒した。今では教祖〔やいと教〕にされそうで困っている。 数年前、元会社の同僚が尋ねてきた「鍼灸の免許を取ったので治療法を教えてくれ」宮崎から特急列車で一時間、彼は毎日一年間通った。その後は、午後は宮崎で開業しつつ、午前中だけの修行を半年間、今在月一回は通ってくる。その真面目さがお灸治療の力を増している。彼の弟が鍼灸学校に入った。彼の出身校の後輩の学生達が灸治療を習いにやってくる。 |
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