出逢いの聖地延岡物語「吾田神話」
本のお買い求めが
できる場所
延岡観光協会
延岡駅物産ステーション
祝子川温泉 美人の湯
道の駅「北浦」
道の駅「はゆま」
よっちみろ屋
市民協働まちづくり
センター
千徳酒造 はなかぐら
藤原酒店
心から『延岡の地』を愛する方へ贈る
天孫降臨と高千穂、天孫終焉は吾田
天孫が多くの時を過ごした、吾田『縣』とは
あがたの津の姫とコノハナサクヤ姫の関係

記紀神話は吾田『延岡』の笠沙の御崎からはじまった・・・・

日向神話の回答


著者 笠沙の会 有留秀雄
頒布価格 税込み 1,000円
FAX注文はこちらへ

Eメール注文はこちらへ

本吾田(ほんあがた)〔延岡〕神話

お話を始める前置きです。「あのね、延岡では、祝子と書いてほおりと読むのよね」「なんで、そんな読み方するのだろう」「世界中で延岡だけだよね」「そう、ほおりはね、初代天皇、神武天皇のおじいちゃんの幼名です、そしてほおり尊は別名山幸彦とも呼ばれます。」「山幸彦と海幸彦のお話はのちほど・・・」

昔、宮崎県延岡市は吾田(あがた)〔県、英田郷〕と呼ばれていました。高千穂に降臨(こうりん)されました、天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫のニニギの尊が吾田長屋(あがたながや)笠沙(かささ)(みさき)でコノハナサクヤ姫と出逢い結婚されます。そして()(でりの)(みこと)火須勢理尊(ほすせりのみこと) 火遠理尊(ほおりのみこと)(さん)皇子(おうじ)をもうけました。

日本書紀や古事記の中の記述(きじゅつ)です。お話はこののち火遠理尊(ほおりのみこと)が現在の西都市に移り住み、山幸彦と呼ばれるようになります間のお話です。


п@0982-33-4794

笠沙の会